立憲主義再考

  •  2014.05.04 16:06
5月4日(日)

あえばハッピー!!のあえば直道です。

近代的意味での立憲主義とは、国家権力の濫用を抑えて国民の自由と権利を保障するために、憲法の最高法規性に基づいて、国家権力に縛りをかけることをいいます。

憲法が最高法規である、という考えでは、憲法に反する法律や命令は一切、無効だ(例:日本国憲法81条)ということになりますので、仏神の法(理想・計画)と「時の憲法」とがバッティングすることの煩わしさから、宗教な立場では、本能的に、立憲主義にはネガティブになりやすいはずです。

確かに、神や仏の代理人が仮に地上で権力を持ち、統治する場合には、未来を見通した上での卓越した判断が、憲法の枠を超える事など日常茶飯事かもしれません。

しかし、人類史の経験に照らす限り、神の代理人も、時代を下れば下るほど、代理人「もどき」に成り下がることはよくあることです。

例えばロシアだって、今はプーチンの「大岡裁き」が、ロシアや日本にも、まだ有利に働いているからいいようなものの、あまり調子に乗って、憲法を大統領に有利にイジり過ぎると、プーチンの後釜に「暴君」が就いたらどーすんの?という議論でもあります。

治世者の暴政への備えとなる武器が国民の側になければ、いずれ、自由と権利を護れなくなります。

この点、概念的な解決案としては、明文の中身に神意を盛り込んだ十七条型の「綱領」的憲法を制定(例:新・日本国憲法試案を参考に)することを前提に、代理人「もどき」がいずれ登場した際にも、国民が「傘をさせる」よう、やはり立憲主義の立場はある程度、堅持し、改正案のなかに、①「権力分立」に関する規定と、②「有事法制」の規定(=国家の緊急時には立憲主義を一時停止し、為政者への権力集中を容認する)を明文化することで、「近代憲法」と「十七条型憲法」とのバランスを取るべきかと考えます。

       直道

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